3月11日の 大地震 発生以後、いろいろな行事が中止になっています。
私が関わるものでも、3月27日に開催予定だった 「第5回貴志川線祭り」 というイベントが中止になりました。
当初は、被災された方々への義捐金を募る場としても開催しよう という方向で検討されましたが、原発事故が次第に判明してくると、中止(延期)という意見が多くなり、当初日程での開催は中止となりました。
私個人の考えも、あの原発事故の状況で開催は不適切だと思いますので、この決定は良かったと思っています。
ところが、神社の祭礼というのは、いわゆる イベント とは異なりますので、扱いも異なってきます。
当神社の春の祭礼 木祭り は、例年通り 斎行致します。
今回に限らず、何か大きな災害などが起こると 必ず 「こんな時に ”祭り” は不謹慎だ」 という意見を出される方がいらっしゃるのですが、 「祭り」 の捉え方が 多分違うのだと思います。
おそらく、「自粛」 を唱える方々の イメージされている 祭り は、煌びやかで 賑やかもの だと思います。
しかし、我々神主が こんな状況でも斎行すると主張する 「祭り」 は 「感謝」 または 「祈り」 、時には両方が複合した 神事 です。
煌びやか で 賑やか な 部分の 多くは 「神賑行事」 と呼ばれる、「祈り」 に附随した 「奉祝行事」 です。
例えば お神輿 が出る場合でも、お神輿自体が 渡御 する部分は神事 ですが、笛や太鼓、周りでの踊りなどがあれば、その多くは 神賑い です。勿論、中には 神事 として 深く意味を持つものもありますが・・・。
ですから、「祭り」 という 言葉 に 過剰に反応して 「中止」 という 図式は、少なくとも宗教施設で行われるものにおいては 単純にあてはめてはいけないと思います。
勿論、その時の情勢に合わせて、あまりにも 華美 な行事は 自粛する のは適切な判断だと思います。
でも、「祭り」 の本質・目的を良く鑑みて、そもそも その祭礼自体を中止する必要があるのかどうか を、適切に判断する必要があるのです。
伊太祁曽神社 で 4月3日 に 執り行う 「木祭り」 は、日々の木の恩恵に感謝するお祭りです。
今回、大きな地震と、それに関連した様々な災害・事故で、甚大な被害が出ていますが、その復興にも 木々の担う大きな役割があります。
その意味では、やはり 「木に感謝する」 ことは必要です。
そして、今回の 木祭り では、いろんな形で 被災地域 を 支援できることを考えたいと思っています。
例えば、木祭りの祭礼の中で 宮司が奏上する 祝詞 に、被災地の復興祈願詞 を 書き加えたのも その1つ。
また、恒例の もちまき についても、協賛金の一部を義捐金に充てることを、協賛いただいた皆様に了解いただきました。
おそらく、祭礼当日は 社頭で 義捐金を募る ことにもなると思います。
まずは、明日(3月21日)に 平成二十三年東北地方太平洋沖地震復興祈願祭 を執り行います。
そう、そもそも
復興祈願祭 で、
「お祭り」 なんです。
参列される多くの方の思いが、被災地に届きますように・・・。
3月21日 10:00
平成23年東北地方太平洋沖地震復興祈願祭
祭典にはどなたでも参列できます。時刻までに神社におこしください。
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