木の神様を祀る伊太祁曽神社(和歌山市鎮座)のブログ。
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一応ブログカテゴリーは「人生儀礼」に区分しましたが、当然のことながら人生儀礼ではありません。正確には「私祭」の1つなわけで「祈願・祈祷」の一種ではありますが、家を建てるということは普通、人生の中でそう何度も経験することはありませんから、敢えてここに区分します。
さて、先日より続けて地鎮祭についてのこんな問い合わせがありました。
「地鎮祭をできないので鎮め物と棟札を神社で貰ってくるように建築業者にいわれました」
「地鎮祭をお願いすれば良いのですが、自分でやりたいので鎮め物を分けて下さい」
結論から申し上げると、伊太祁曽神社では「鎮め物の頒布は行っておりません」。
これは多くの神社がそうだと思うのですが、しかしこういった問い合わせがあるということは、少なからず「鎮め物を頒布している」神社が存在しているということですね。
方違神社(大阪府堺市鎮座)では鎮め物を授与所で頒布をしていますが、これはちょっと特異な例でして・・・。
地鎮祭というのは文字通り「地を鎮めるお祭り」で、現代では土地を清めることに加えて工事の安全などを祈願します。
その地鎮祭の中に「地鎮の儀」と呼ぶ儀式があり、この儀式で鎮め物を納めます。
しかし、地鎮祭は地鎮の儀だけでなく、その他の儀式もあり、つまり鎮め物を神社から頂いてきて納めれば良いというものではありません。
問い合わせの中で不可解なのは
「地鎮祭をできないので」と言っておきながら、当社では鎮め物をお分けするということはしていないと伝えると「それでは日程を調整してまた連絡します」と言われて電話を切られたこと。
結局のところ「地鎮祭をできない」理由はわからずじまいでした。
もう1つの問い合わせは「自分で地鎮祭をやる」というものですが、一体どのようにされるつもりだったのでしょうかね。
これも非常に不可解です。
そしてもう1つ触れておきたいのが棟札のこと。
最近、地鎮祭を終えた後、建築業者から「鎮め物だけでなく棟札も欲しい」と言われることが増えました。
棟札は棟上げ式に使用するもので、その場合、通常は上棟祭を行います。
ちなみに地鎮祭と棟上祭は全く別個のお祭りです。
いわば、安産祈願に来て、安産守りと同時に初宮詣りのお守りも一緒に欲しいと言っているようなものです。
尤も、地域習慣として地鎮祭に合わせて棟札を建築業者に預ける場所があるとは聞いているので、そういう地域の業者さんならわからなくはありませんが、しかし和歌山にはない風習です。
神道は基本的な形は全国近寄っていますが、しかし意外と地域特性によって細かいところでは全く異なる部分の見える信仰です。
交通が今ほど発達しておらず、また情報伝達も今のように複雑かつ広範囲に行われていなかった時代には特に問題がありませんでしたが、今日では多くの情報が錯綜します。
「そして全国の神社は画一的に同じ様に同じことが行われている」という一種の ”思い込み” もこういう事態を後押ししているのかもしれません。
7月31日は茅輪祭本殿祭当日ですが、すっかりと定着した 打ち水大作戦 の日でもあります。
今年も午後3時より一斉打ち水を実施しました。
平成19年より開始した「打ち水大作戦 in 紀州和歌山」も今年で11回目。
新たな10年の始まりの年として、今年は伊太祁曽神社以外の場所でも久々に打ち水大作戦の実施となります。
さて、打ち水大作戦 in 紀州和歌山 では打ち水後にシャボン玉を飛ばすことをしていますが、今年は新たな試みとして桧オイルを混ぜた水を撒くことをしてみました。
水を撒いた後に、桧の香りが漂い涼やかな気持ちになることを想定してのものです。
作戦開始時刻30分ほど前から、恒例の「打ち水音頭」を流します。
♪ うっ、うっ、う~ち水! そっ、そっ、そ~よ風
午後3時には打ち水にはうってつけな暑さ。挨拶もそこそこに打ち水を開始したい気持ちに駆られながらも、打ち水大作戦の趣旨説明と今回新たな取り組みとなる3事業体の紹介と、桧オイルの入った水を撒くことを説明します。
そしていよいよ作戦開始。
準備した約500リットルの井戸水(桧オイル入り)をみんなでひたすら撒きます。
撒くための作法などなし。柄杓で撒くもよし、手で撒くもよし、子供たちは段々とエスカレートしてほぼ水遊び状態。
撒き終わる頃には涼しくなってきましたが、ここは作戦の成否を確認する儀式を行わなくてはなりません。
子供から順番にシャボン玉を配ってゆきます。
大人の分までちゃんと準備しているのですが、例年なかなか大人の方はシャボン玉を取りに来ません。配ってからは子供よりも大人の方が楽しんでいる人が多いのですがね(笑
打ち水の後涼しくなるのは、地表の温度を撒いた水が冷やすからで、地表温度が高いと気化熱で上昇気流が発生します。この上昇気流を視覚的に捉えようというのがシャボン玉を飛ばす目的です。
つまり、シャボン玉が空高く舞い上がれば、打ち水大作戦は成功ということになります。
勿論、今年も作戦は大成功でした。
7月30~31日は伊太祁曽神社夏越祓いの茅輪祭(通称:わくぐりまつり)でした。
夏越の祓は6月30日に行われるものです。それを7月末に行っているのは、明治まで日本が採用していた暦は 太陰太陽暦(いわゆる旧暦)で、当然お祭りは旧暦6月30日に行われていました。
明治になり太陽暦(いわゆる新暦)が採用された際に、お祭りの日を新暦に移行した神社と、従来通り旧暦で行った神社がありました。
当神社では昭和30年代頃まで茅輪祭は旧暦6月30日に行っていたようですが、毎年月日が代わるのでお祭りの日がわかりにくいということから、旧暦と新暦には概ね1ヶ月の差があるため、7月末を 茅輪祭 の日と改めたようです。
月末に行われるのが大祓ですので、7月31日に本殿祭を執り行い、前日は宵宮(よいみや)として「くぐり初め神事」を執り行っています。
古くは30日夕方から31日昼頃にかけてのお祭りでしたが、現在は31日夕方にも神賑行事を行っており、夜は2日に亘る賑やかなお祭りになっています。
30日午後6時に斎行された「くぐり初め神事」は茅輪祭の始まりの祭典です。
参列者に宮司が大祓詞を宣り聞かせ、参列者の罪穢れを祓います。
そして、くぐると罪穢れが祓われると言われる大茅輪に附せられた注連縄を切って通れるようにする儀式です。
昨年までは鋏で注連縄を切っていましたが、今年は先日行われた大鳥居通り初めに倣い、斧(よき)で切り拓くことに改めました。
くぐり初め神事には大変多くの人が参列され、浴衣姿の方も年々増えています。
さて、今年の宵宮奉納行事も恒例のカラオケ大会。
30組の方が自慢の喉を披露してくれました。
ゲスト歌手は山口采希さん。今年でカラオケ大会のゲスト出演は3回目となりました。
ゲスト歌手によるミニコンサートの最後は参加者も一体となってのバンザイ!
大変盛り上がりました。
31日は、15時より 打ち水大作戦in紀州和歌山 を行います。
伊太祁曽神社では初年度から取り組んでおり、今年で11回目を数えます。
今年の打ち水大作戦in紀州和歌山は伊太祁曽神社を含めて6箇所での開催が予定されています。
少しずつですが賑やかになってきています。
こちらも浴衣での参加大歓迎。30日同様に着付師の方がおりますので、着付けに自信のない方はご利用下さい。(着付け料500円:予約者優先)
着付けの予約は社務所に電話で申し込むか、ウェブでお申込ください。
電話 073-478-0006(毎日9:00~17:00)
ウェブ 浴衣着付けウェブ申し込み(スマホ可)
打ち水大作戦in紀州和歌山の他会場の情報などについては、こちらのサイトを御覧下さい。
31日夕方からは各種奉納芸能が行われます。
プログラムの時間はまだ決まっていませんが、以下の出演を予定しています。
・紙芝居(和歌山県女子神職会海南海草支部)
・暗算王決定戦(大河内珠算会)
・民謡・夏踊り(竹の子会)
・JAZZダンス(KAZUMI DANCE STUDIO)
・JAZZダンス(パペットクラブ)
・ミニライブ(内川樺月)
・ベリーダンス(月下踊姫)
・紀州よさこい踊り(紀道)
初出演は、パペットクラブさんと内川樺月さんです。
出演時刻の概要が決まりましたら、またお知らせ致します。
今年も5月4日「みどりの日」の趣旨に則り、自然の恵みに感謝し、同時に親子ふれあいの場として、親子木工教室を開催します。
今回で10回目となるこの行事は、子供たちに木に親しんでもらうこと、モノ作りの楽しさ・大変さを知ってもらうと同時に、親子のふれあいの場となることを目的に開催しています。
今年は「黒文字の爪楊枝づくり」を行います。
和菓子を食べる時に用いる黒文字の爪楊枝をつくる作業を行い、出来上がった爪楊枝で実際にお菓子を食べ、お抹茶を頂きます。
お茶席は特に難しい作法の必要ない形式で行います。
お茶をいただく際の作法などについてもお話しいたします。
お茶席は一緒に参加の親御さんもお楽しみ下さい。
今回も親子木工教室は、お茶、和菓子、木材の3つを通じて、「食育」「茶育」「木育」の3つを併せた「三育」の一環として行います。
和菓子やお茶、また木の文化はグローバル化が進むにつれ、若者には馴染みのないものになりつつあります。
今回は、若いお父さん、おかあさんがたと、未来を担う子供たちに、我々の先人が育んできた日本文化に触れてもらいたいという意図もあります。
是非、ご参加下さい。
お申込みは、神社までお電話下さい。
(電話073-478-0006:受付時間9:00~17:00)
日時:5月4日(祝)午後1時~(所要時間2時間程度)
募集対象:親子 15組 (子供の対象年齢 特になし)
工作内容:黒文字の爪楊枝づくりとお茶席体験 参加費用:1,000円
親子1組 (黒文字爪楊枝材料代、お茶席2名分菓子代等として)
持ち物:特になし(作業しやすい格好でお願いいたします)
備考:屋内で作業いたしますので、雨天決行です
2月11日は「建国記念の日」という祝日です。
この日には全国の多くの神社で「紀元節祭」「紀元祭」「建国記念の日祭」などという祭典が執り行われます。
「建国記念の日」は「国民の祝日に関する法律」では「建国をしのび、国を愛する心を養う」とされていますが、ではなぜ2月11日が建国をしのぶ日になっているのでしょうか。
終戦まで2月11日は「紀元節」という祝祭日でした。四方節(1月1日)、天長節(天皇誕生日:昭和では4月29日)、明治節(明治天皇の誕生日:11月3日)あわせて四大節として重要とされた祝祭日です。
明治5年に、初代天皇である神武天皇が即位された日を我が国の「紀元」と定め、祝祭日にすることとなりました。神武天皇の即位は『日本書紀』には「辛酉年春正月庚辰朔」と記されています。神武天皇元年1月1日(西暦紀元前660年)のことでした。
明治までは我が国の暦は太陰太陽暦(旧暦)でしたが、明治に入り太陽暦(新暦:グレゴリオ暦)に改めましたので、祝祭日を固定するために旧暦の神武天皇元年1月1日を新暦に改めると2月11日になるということで、2月11日を「紀元節」と定めたのです。
ところが終戦になると紀元節は占領軍(GHQ)の意向で廃止させられました。
昭和27年に我が国が独立を回復すると紀元節復活の気運が高まります。
そして昭和41年に「建国記念の日」として国民の祝日に加えられ、翌年より祝日として適用されることとなったのです。
1月1日 元日 年のはじめを祝う。
1月第2月曜日 成人の日 おとなになつたことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます。
政令で定める日 建国記念の日 建国をしのび、国を愛する心を養う。
春分日 春分の日 自然をたたえ、生物をいつくしむ。
4月29日 昭和の日 激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす。
5月3日 憲法記念日 日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する。
5月4日 みどりの日 自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ。
5月5日 こどもの日 こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。
7月第3月曜日 海の日 海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う。
8月11日 山の日 山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する。
9月第3月曜日 敬老の日 多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う。
秋分日 秋分の日 祖先をうやまい、なくなつた人々をしのぶ。
10月第2月曜日 体育の日 スポーツにしたしみ、健康な心身をつちかう。
11月3日 文化の日 自由と平和を愛し、文化をすすめる。
11月23日 勤労感謝の日 勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう。
12月23日 天皇誕生日 天皇の誕生日を祝う。
上記の祝日のうち、元日と憲法記念日と天皇誕生日以外は全て「の」が入っています。
実は「の」がある祝日とない祝日には大きな違いがあります。
「の」がついていない祝日は、その日こそが正に祝日の場合です。
元日は1年の最初の日ですので、この日以外はありません。
憲法記念日は昭和22年5月3日に日本国憲法が施行されましたので、5月3日以外ありません。
天皇誕生日は今上陛下の御生誕日が12月23日ですので、この日以外はありません。
これら以外は、祝日の趣旨に特定の定まった日があるわけではないので、その趣旨に由来する根拠のある日を祝日と定め、そのため「の」が入っているということになっています。
では、なぜ神武天皇即位の日という特定の定まった日があるのに「建国記念日」ではなくて「建国記念の日」なのかです。
戦後の「紀元節」復活の気運とは別に、反対する勢力もありました。
それらの方が中心となり、古事記・日本書紀の神武天皇に関する記述は神話的である、考古学上での確証がない、そもそも神武天皇が実在したかも不明である、などとしてその制定に反対してきました。そこで昭和41年の同法改正に際して「建国記念日」ではなく「建国記念の日」とし、その具体的な日付についても「政令によって定める」としたのです。
そして、同年に「建国記念の日となる日を定める政令(昭和41年政令第376号)」を定めて2月11日を「建国記念の日」として、翌年より実施したのです。
そういう訳で正式には「建国記念の日」とする訳ですが、一部では「建国記念日」と記される場合があります。
伊太祁曽神社では2月11日は「紀元祭」という名称の祭典で、我が国の建国を祝い、末永い国家の安寧と繁栄を祈念いたしました。
祭典では参列者全員で「紀元節の歌」を奉唱することと、祭典後に講演会を行うことが伊太祁曽神社の紀元祭の特徴です。
講演の内容については、特に紀元祭や神武天皇、我が国の国体などに特化した内容ではなく、幅広く氏子崇敬者の役に立ちそうな・興味を持ちそうな話題を選んでいます。
今年は「日本人の心~江戸しぐさ~」と題して、やまとびと・江戸しぐさ語りべ認定普及員の木村隆子女史にお話いただきました。
江戸しぐさとは、江戸商人が築き上げた公衆マナーと言われ、その根底には「相手を思いやる心」があります。講演では江戸しぐさ誕生の背景や江戸しぐさの本質などについてお話があり、その後、江戸しぐさの実演も行われました。
自然を大切にし、円満な人間関係を維持し、異文化と共生する智恵がこめられた「江戸しぐさ」に大いに知ることができました。
10月は神無月とも呼ばれますが、出雲地方では神在月と呼びます。
神無月には全国各地に祀られている神様が出雲に集まり会議を開く(神議り)と言われているからで、全国的には神様が留守になるので神無月、出雲は逆に神様が居るので神在月と呼ぶのだとか。
とはいえ、全国的に10月に例祭・例大祭が行われる神社も多くあります。
例祭・例大祭とは神社にとって最も大切なお祭り。
神様不在なのに大切なお祭りが行われるのはおかしいのではないかと、疑問を持たれる方もあると思います。
しかし、月の名称を現在の暦ではなく旧暦に当てはめると問題なく解決します。
神無月(神在月)は旧暦10月とすれば、今年(平成28年:2016年)については新暦10月31日~11月28日のこと。
つまり神様が会議にいらっしゃるのはこの期間ということで、実際出雲大社の神在祭は旧暦10月11日~17日となっています。
ちなみに伊太祁曽神社の例祭は10月15日ですが、江戸時代の文書などを見ると9月15日と記されており、新暦になった際に新暦9月15日を祭礼日としたのではなく、旧暦に近い10月15日と定めたものと思われます。
混乱の原因となったのは、旧暦にあてられていた月の異名を新暦でも用いたことです。
尤も神無月の「無」は「無し」の意味ではなく、「の」という意味を持つ連体助詞の「な」だという説もあり、この説に従えば「神無月」は「神の月」ということになります。
無の文字を持つ月の異名は、神無月の他に水無月があります。6月の異名ですがこれも旧暦6月とすれば「水の無い月」でも意味は通りますから果たしてどのように捉えるのが良いのか・・・。
今日から10月です。今年も早いものでいよいよ最終コーナーが見えてきたという感じです。
10月は別名「神無月」とも呼ばれ、全国の神々が出雲に集い会議を開くと言われていますが、同時に関西では10月に例祭が行われる神社が多いですね。伊太祁曽神社もその例に漏れません。
神様が居ないのに「なぜ例祭が行われるのか?」というお尋ねを時々頂きますが、これは旧暦との兼ね合いがあるのです。これについては項を改めたいと思います。
さて、毎月1日は ”おついたち” のお祭りがあります。多くの神社では月次祭(つきなみさい)と呼びますが、神社によっては月初祭(げっしょさい)とか月首祭(げっしゅさい)などと呼ぶところもあるようです。伊太祁曽神社でも一般的な月次祭と呼んでいます。
午前9時から月次祭を行ない、10月1日は境内の井戸の前に祀られる御井社(みいのやしろ)の例祭、「御井祭(みいのまつり)」を引き続いて執り行いました。
御井社には、水の神様である彌都波能売神(みずはのめのかみ)と井戸の神様である御井神(みいのかみ)がお祀りされています。そしてこの井戸から湧水は古くより「いのちの水」と呼ばれ、多くの方の喉を潤すと同時に、病気平癒の力があると信仰されています。
祭典では、神恩感謝の祝詞奏上に続き、宮司以下参列者の各代表が玉串を捧げ拝礼し、祭典後は井戸のお水を頂いて直会(なおらい)としました。
平成23年から行われた紀北キャンペーンは5年目となる昨年、高野山開創1200年を迎え、当初予定通り終了しました。
しかし、このキャンペーンの副題として掲げた「いのりとみのりの旅」については今年も引き継がれ、新たに「和歌山紀北10社寺御朱印巡り」として9月17日より開催されています。
今回の企画では、紀北地区に鎮座する10社寺を巡り、幻の和紙と呼ばれる「高野細川紙」に認(したた)められた御朱印を集めると、先着200名に高野杉で作成した特製朱印帳がもらえるというもの。
ちなみに高野細川紙の御朱印は10社寺あわせて3,000枚限定です。
開催期間は平成28年9月17日~平成29年3月31日。
高野杉の御朱印帳は11月末日、1月末日、3月末日それぞれ締め切りで発送されます。
10社寺の御朱印を集めるのは大変と思われる方もいるかもしれませんが、期間も十分ありますし、何よりも「全国一の宮朱印巡り」とか「神仏霊場会朱印巡り」とかが全国規模ですから、比較的簡単に完遂できる部類に入ると思います。
今年の秋~来年にかけて、和歌山紀北の神社仏閣をめぐってみてはいかがでしょうか?
今年の中秋の名月は9月15日でした。
中秋とは旧暦8月のこと。その15日が中秋の名月と呼ばれお月見をする日とされています。
(実際の満月は9月17日。つまり今日ですが・・・。)
すっかり恒例となりました観月会を今年も開催しました。
まずは巫女による神楽舞が月に対して舞われ、宮司挨拶で開会。
神社での観月会というと、とても雅なイメージを持たれる方もいるかもしれませんが、当社の観月会はそんな大層なものではなく、宮司挨拶が終わると皆さんそれぞれ持ち寄った飲食物で楽しく歓談する会にしています。
今年も40余名の方が集まり、楽しく歓談しながら時折月を愛でて楽しみました。