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木の神様を祀る伊太祁曽神社(和歌山市鎮座)のブログ。

木の国神話の社 禰宜日誌

   

お神札の祀り方

お神札は家庭のお守りです

「お神札は家庭のお守り」 とも言われます。正しくは、お神札を小型化して持ち歩けるようにしたものが 「お守り」 なのですが、そのことについては稿を改めることにします。

まず、お神札を祀る場所ですが、お神札が 南向き または 東向き になる場所を選びます。
勿論、神様のおしるしを祀る訳ですから、人が見降ろすことの無いように目線よりも高い場所を選びます。
和室などで座ってお詣りする場合は、座った時に目線より高くなればそれで構いません。
つまり、お参りする時に神様を見下ろすような格好になる場所は不適切と言うことです。

名称未設定 1

そして、宮形(みやがた)を準備してお神札を納めます。
宮形というのは一般に「神棚」と呼ばれる神社の形を模した、お神札を納める社のことです。
元々はこの宮形を置く棚を「神棚」と呼んでいたわけですが、次第に宮形も含めて神棚と呼ぶようになりました。
私たち神職も 宮形 の意味で 神棚 と呼ぶことも多いです。

宮形には様々な形態のものがあります。板葺のものや、実際の社殿と同じように桧皮葺きや銅板葺きのものもあります。
作りも大きなものから小さなものまで様々です。
どの宮形にするかは祀られる人の好みで選んでよいと思います。
基本的にどの宮形でも一般的なお神札は扉の中に納められるようにつくられていますが、中にはお神札の納まらないものもあるようです。
ホームセンターなどでも神棚(宮形)を扱っているところがあるようですが、神具店で求められる方が間違いがありません。
神社によっては授与所で神棚(宮形)をお頒ちしているところもあります。伊太祁曽神社でも神棚(宮形)をお頒ちしています。

宮形に納めるお神札は「天照皇大神宮」「氏神様」「崇敬神社」の3種類です。
「天照皇大神宮」のお神札は伊勢の神宮のお神札で、「神宮大麻」「お伊勢さんのお神札」などと呼ばれます。
日本の国の守り神様ですので、必ず神棚に祀ることとされています。
「氏神様」のお神札は今現在あなたがお住まいの土地の守り神様のお神札です。どこの神社が氏神様になるのか判らない場合は、その土地に古くから住む人に尋ねるか、最寄りの神社で尋ねると良いでしょう。
この2つのお神札は必ず神棚に祀ることになっています。
そして「崇敬神社」。これは自分が特に信仰していたり、旅行などで参拝して頂いてきた神社のお神札です。崇敬神社のお神札は何体あっても構いません。
つまり、宮形には最低2体のお神札が祀られているのが正しい姿であり、お祀りするお神札の数に上限はありません。

お神札の祀り方

これらのお神札には祀る順番が決まっています。
扉が3枚ある宮形では、中央に「天照皇大神宮」、向かって右に「氏神様」、向かって左に「崇敬神社」のお神札を納めます。
多くの家庭の宮形は扉が1枚だと思いますが、その場合は手前から「天照皇大神宮」「氏神様」「崇敬神社」の順に重ねます。
「崇敬神社」が複数ある場合の順番には特に決まりがありませんので、自分で思うように重ねて頂いて結構です。

最近は「お神札フォルダー」などと称した簡易宮形の様なものもあるようですが、私はあまりおすすめしていません。
家族を見守っていただく神様のおしるしを 「簡易宮形」 で良しとしてしまうのは感心しないからです。
簡易宮形はいわば仮設住宅ですから、諸事情により一時的に使われるのは仕方がありませんが、いつまでも簡易宮形にお祀りして良いというものではありません。お神札フォルダーなどに祀ってしまうと、大抵の方はそれで安心してしまい、きちっとした宮形を準備して祀るということを怠ってしまいます。ですから、私は最初からおすすめしないのです。
むしろ、それならば宮形の準備ができるまでの間、お神札だけをむき出しの状態で祀ることを、私はお話しています。
お神札がむき出しのまま祀られていれば、やはり少しでも早くきちっと祀らなくてはいけないと思うのが心情というものですから。

ご家庭に宮形(神棚)がないという方、新年から神様をお祀りされてはいかがでしょうか。

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氣神祭・氣神講講社祭

伊太祁曽神社には五十猛命(いたけるのみこと)という、我が国に樹木を植えて廻ったと『日本書紀』に記されている神様をお祀りしています。
この神様は『古事記』に記される大屋毘古神と同じとされており、大屋毘古神は ”いのち神” として大国主神の生命を救う神話が記されています。そしてこの神話より ”病気平癒” ”厄難除け” の御神徳もあるとされています。
病気とは字の如く「気が病む」ことですが、それが元に戻ると「元気」になります。
そんなことから「木の神」であると同時に「気の神」とも理解されているのが伊太祁曽神社の神様。
ちなみに、気がペケではダメだと、なるべく氣と記すようにしています。日本人の根っこは米ですし・・・。(以後、氣の表記にします)

さて、我々の先祖は神々と言うのはそのお力を発揮する際には「荒御魂(あらみたま)」という神格になると考えてきました。「荒御魂」に対する通常のお姿を「和御魂(にぎみたま)」と呼びます。どちらも同じ神様ではありますが、やがてそれぞれを別に祀るということが行われるようになりました。
伊勢の神宮にも、皇大神宮(内宮)では正宮に天照皇大神が祀られ、荒祭宮には天照皇大神の荒御魂を祀られています。豊受大神宮(外宮)では正宮に豊受大神が祀られ、多賀宮には豊受大神の荒御魂が祀られています。
伊太祁曽神社では五十猛命の荒御魂は氣生神社に祀られています。この神様がお力を発揮することが木材業、森林業の発展、そしてひいては殖産興業の発展に繋がると考えられています。

そんな訳で、この氣生神社を崇敬する人達による講組織があります。氣神講と呼ばれる講です。
毎年12月12日は氣生神社の例祭ですが、この日はあわせて氣神講の講社祭も執り行っています。そして氣神講の講員の方が、毎年さまざまな神前奉納を行っています。

今年は2つの舞踊が奉納されました。1つは舞楽の納曽利、もう1つは韓国舞踊です。
五十猛命は『日本書紀』に高天原から天降り、まずは韓国(からくに)のソシモリに降り立ったと記されています。そして大八州(おおやしまぐに=日本)にやってきたようです。
納曽利という舞楽は高麗楽(こまがく)と呼ばれる雅楽の一種で、朝鮮半島より日本に伝わったと言われています。
こんなことを考えると、五十猛命が半島に降り立ったころのことを懐かしまれたかもしれませんね。

納曽利の舞人は、なんと若干5歳の幼稚園児。
幼稚園のお遊戯レベルではないこの舞楽を、DVDを観ながら独学で覚えてしまったというのですからスゴイの一言です。立ち姿もとても凛々しいですね。

一方の韓国舞踊は、色鮮やかな衣装が華々しく、とても華やかな雰囲気でした。神前で1曲を奉納したのち、場所を移して講員の皆さんに数曲を披露していました。

祭典、奉納行事の後は直会。毎年100名近くの方が参列する氣神祭。
今年も多くの方で賑わいました。

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師走(しわす)~その由来~

 12月になりました。今年も残すところあと1ヶ月ですね。
この年末の1ヶ月というのは日本人の信仰が多様であることを顕著に見ることができると思っています。
正確にいうと12月の1ヶ月ではなく、本当に年末の1週間程度とも言えますが。

11月の下旬ころから気の早いところではクリスマスソングが流れ始めますね。
そもそも、これが日本人の信仰が多様であることを示す序曲です(笑

鐘

12月25日のクリスマス、どちらかと言うと日本ではその前夜であるクリスマス・イブに意識が集まっているように思いますが、いずれにしてもこの行事はキリスト教に由来するキリストの生誕祭です。
そしてクリスマスが済むと、世の中は慌ただしく迎春モードに切り替わります。

クリスマスツリーが片づけられ、門松やらが出てくるのがこの時期。家庭用の正月飾りなどもこの頃から慌ただしく求める人が多いのではないでしょうか。
そして年の最後の最後に、除夜の鐘が鳴らされます。所によっては除夜の鐘を衝かせていただけるお寺もあるようですね。
そう、今書きましたように除夜の鐘は寺院。つまり仏教ですね。
そして年が改まると、多くの方は初詣に出かけます。行き先の多くは神社。中にはお寺に初詣をされる方もありますが、どちらかというと神社の方が多いようです。
神社は神道です。

つまり、このわずかな期間に日本人はキリスト教、仏教、神道に触れて行くわけですね。

なんともまぁ慌ただしい。

ところで、月の和名で12月は師走(しわす)と言います。
師走の由来には諸説あるようですね。

師匠も走り廻る忙しい時期なので 「師走」 というのが、よく聞く由来でしょうか。
小学生などに分かりやすく説明するために 「先生も走り廻るから・・・」 という方もあるようですが、子供にしてみればなぜ年末になると学校の先生が走り廻らなくてはならないのかピンときませんから、さっぱりわからないでしょうね。

また、一説では 師走 の ”師” は 師匠 ではなく 法師 であるとして、お坊さんが走るからとする説もあるようです。
確かに年末に除夜の鐘を衝いたりするので、お坊さんも年末は忙しいでしょう。なんとなくわかるような気がしますね。

結局のところ 師走 の語源については 「語源不詳。『師走』は当て字」(国語大辞典) などとあり、よくわからないようです。

ここで1つ違う説を紹介しておきます。
平安時代末期から、お伊勢さん(一般にいう伊勢神宮)の御神徳を広く知ってもらうために、伊勢神宮の神職が 「御師(おし、おんし)」 として全国各地に足を運びました。
神宮大麻(=お伊勢さんのお神札)を持って、全国津々浦々に配り歩き、伊勢の大神様の御神徳を説いて回ったのです。

これが、やがて江戸時代の 「おかげまいり」 の下地となって行くわけですね。
さて、当然年末になると、新年に新しいお神札を祀って貰わなくてはなりません。御師も早足で全国行脚をするわけです。
つまり、「御師が走る=師走」 というのが私の考えです。

この説の1つ強いところは、「師が走る」 の師を、師匠とか法師 から一文字とるのではなく、まさに 師 そのものということですね。
御師と書きますが、「御」 は 御礼 とか 御神札 とかの ”御” ですから、つまり 「師」 なわけです。

さて、師走の由来について書きましたが、年末には家庭の神棚のお神札を新しくします。
今は御師の制度は廃止されてしまいましたが、替わって全国の神社でお伊勢さんのお神札を受けることが出来るようになっています。
地域によっては氏神様の神職や総代さんが各家庭を廻って、神宮大麻や氏神様のお神札を配って廻っているところもあります。

神棚

師走=御師が走る という月であったならば、やはり12月には家庭の神棚のお神札を新しくしましょう。
神棚の祀り方がよくわからないのであれば、お気軽にお近くの神社にお問い合わせください。

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職場体験学習

11月10~12日の3日間、和歌山市立東中学校2年生の職場体験学習が行われました。
職場体験学習は、「生徒が事業所などの職場で働くことを通じて、職業や仕事の実際について体験したり、働く人々と接したりする学習活動」として文部科学省から取組みを支持されている中等教育です。
【文部科学省当該ページ】
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/career/05010502/026.htm

伊太祁曽神社では現在、この東中学校の他に日進中学校、高積中学校からの職場体験学習も受け入れを行っています。
今年は各校の日程が重なったため、氏子地区の子供も通う東中学校のみ受け入れを致しました。

例年は男女問わず受け入れし社務についていろいろと体験してもらうのですが、如何せん平日のことですのでそれほど中学生が実体験できることは少なく、結果座学の時間が多くなるという形態になっていました。
そこで、他の神社では神楽舞の稽古をして神前奉納をさせているという話を聞き、今年は初めてその取り組みをしてみました。
3日間の日程ですので複雑な舞を教えるのは困難。そこで1月15日の当神社の祭礼「卯杖祭」と同日の祈祷・祈願に行う「初辰神楽」を覚えてもらうことにしました。
これなら比較的短いですし、割と簡単に覚えてもらうことができるだろうと。

初日は、平日ではありますが結婚式があり、また七五三の参拝も数件予定されていましたので、これらの見学で終了。
2日目は午前中に神宮大麻の袋入れ作業を奉仕し、いよいよ午後から初辰神楽のお稽古。
3日目も午前中に神楽のお稽古をして、午後にそれぞれが神前奉納しました。


初めて着る緋袴、日常どんなことをしているのか想像もつかない神社、そしておそらく目にする機会もあまりなかったであろう神楽舞を行うという、初めてだらけの大変だったと思いますが、無事に舞うことが出来、また玉串拝礼もきちっと行えたようです。
生徒たちにとって貴重な経験になったと思います。

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日の丸小旗づくり

11月5~6日、当社敬神婦人会である「あじさいの会」の皆さんが、国旗奉製作業を行いました。

日の丸が印刷された紙を、持ち手となる棒に糊付けしてゆく作業が、常盤殿で行いました。
こうして奉製された日の丸の小旗は、皇族御来県などの折に奉迎送の皆さんに配られます。
今年は国体などで天皇皇后両陛下の行幸啓をはじめ、皇族方の御来県が相次ぎましたので、作業に従事された皆さんは思い入れ強く作業を行っていたようです。

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神幸祭(神輿渡御)

10月15日の例祭に続いて、18日は神幸祭を斎行しました。
元々は例祭に引き続いて行われていた神幸祭ですが神輿担ぎ手を確保するということから、10年程前より例祭後最初の日曜日に神幸行事を分けて行うことになっています。
いろいろ賛否はありますが、例祭日を変更せずにしかも賑やかに祭礼を行う方法としてはやむを得ないと考えています。
実際、1基しか出せなかった神輿が、現在は3基揃って渡御することができ、加えて華車や子供みこしも出すことが出来ていますから、賑わいはかつてとは比べ物になりません。

午前11時より神幸祭を執り行い、正午に発輿式(渡御行列出発のお祓い)。
総勢約150名の行列が3km北の奥宮向けて出発しました。
今年は発輿式に尾花和歌山市長がお越しになり、出発の号令をかけて頂きました。

猿田彦役には和歌山市出身で現在は奈良市にお住まいの方が、また奥宮で神楽を奉納する巫女は氏子の高校生が奉仕してくださり、年々規模も大きくなっています。
とはいえ、まだまだ3基の神輿を担ぐ神輿掻きの人数は不足気味で、明年は更に声掛けをして担ぎ手を増やしたいところです。

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例祭(秋祭り)斎行

今年も10月15日に例祭を斎行しました。
例祭は神社で一番大きな、そして大切なお祭りで、神社によっては例大祭とも呼ぶ祭礼です。

伊太祁曽神社では10月15日が祭日とされており、今年も例年通り斎行しました。
昔は祭典に引き続いて神輿渡御を行う神幸祭が行われていましたが、現在神幸祭は例祭後の最初の日曜日となっています。

例祭には氏子各地区の代表として氏子総代が参列し、またあじさいの会、ときわ会のそれぞれ会長も参列しました。
伊太祁曽神社の例祭には、有田市に鎮座する須佐神社の氏子総代が代参参列し、先方の10月14日の例祭には当社の氏子総代が代参する仕来りがあります。今年も須佐神社より2名の氏子総代が代参にお越しになりました。

祭典後は、氏子地区内にある東山東小学校の6年生が子供みこしを担ぎました。
その後、参列者一同、神幸祭の御旅所となる奥宮(丹生神社)に移動し、奥宮拝礼を行い神社に戻り直会を行いました。

   


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幣饌料伝達奉告祭

9月26日~10月6日、和歌山県で国民体育大会、いわゆる「国体」が開催されました。
この わかやま国体 の開会式には天皇皇后両陛下がお出ましになられました。
天皇陛下が全国各地に行幸されると、その都道府県の旧官國幣社と指定護國神社に対して幣饌料(へいせんりょう)がお供えされます。
和歌山県の場合は9社が該当し、伊太祁曽神社もその1社です。

9月25日に両陛下は和歌山県に行幸啓あそばされ、2泊3日の御予定で御滞在になられました。
25日夕刻には県内の旧官幣社と指定護國神社の宮司に、侍従長よりそれぞれ幣饌料の伝達が行われました。

各神社ではそれぞれ幣饌料を御神前に奉り奉告祭を斎行します。
伊太祁曽神社では10月1日の月次祭にあわせて奉告祭を執り行いました。


戦後、官國幣社の制度が無くなってから、天皇陛下にはこれまでに5回和歌山県に行幸あそばされており、今回が6回目となります。
伊太祁曽神社割拝殿に掲げてある、幣饌料を頂戴したことを記す扁額に、新たに平成27年9月25日の日付が書き加えられました。

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てきゃら 秋の宵待ちライブ


 10月20日(火)18:30~
和歌山出身の夫婦和太鼓奏者「てきゃら」の演奏会を、伊太祁曽神社常盤殿で行います。
全席自由で木戸銭は1,500円。(中学生以下600円)
詳しくは、神社(073-478-0006)または、和太鼓てきゃら(090-4565-7678)までお問い合わせください。

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茅輪祭 本祭り(7月31日)

7月31日は茅輪祭の本祭りです。
午前11時から本殿祭が執り行われました。
通常、茅輪くぐりは参道に茅輪が設けられ、参拝者は8の字に茅輪を3回くぐり、その後本殿などにお参りします。
伊太祁曽神社では、茅輪は参道ではなく割拝殿の一角に設けられ、その先には祓戸の神を祀る祭壇が設けられています。参拝者はまず本殿に参拝し、その後茅輪を3回くぐり、そして祭壇の祓戸の神様をお参りするのです。

31日の本殿祭を執り行うと、茅輪祭の神事は全て執り納めとなります。
あとは、夏祭りとして夕方ころから準備氏子崇敬者がお詣りにやってくるわけですが、平成19年より打ち水大作戦を行っています。
地球温暖化対策の啓発活動として全国で取り組まれている打ち水大作戦を和歌山でも実施しようと始まった「打ち水大作戦in紀州・和歌山」ですが、初回から現在まで続けて行われているのは伊太祁曽神社だけとなりまし。


今年も浴衣姿の善男善女を中心に、一斉打ち水を実施。気温は5度下がりました。
打ち水の効果を確かめるために、温度計で気温を計るのと同時に、参加者でシャボン玉を飛ばします。打ち水が蒸発することで地表温度が下がり、その上昇気流で気温も下がるということで、シャボン玉が大空に舞い上がると「作戦成功」ということになります。視覚的に非常に分かりやすいので毎回この方法を採っています。


打ち水に撒く水は、水道水ではなく神社境内に湧く井戸水。この井戸は昔から「いのちの水」とも呼ばれており、神社では清めの水としても用いています。
つまり、打ち水を行って地表温度を下げると同時に、夕方から多くの方がお参りする参道を清めるという意味も持っているのです。

今年の打ち水大作戦では、和歌山のとある企業のCM撮影も行われました。
9月頃よりテレビ和歌山で流れるとのことでした。

そして打ち水の後は、それぞれ人形に名前を記し、自己の体を撫でて罪穢れを移し、大野輪をくぐってお参りしてゆかれました。

夕方5時30分より、本祭りの奉納舞台が始まりました。
今年は、和歌山県女子神職会海南海草支部による紙芝居「ヤマタノオロチ」を皮切りに、竹の子会の子供たちによる民謡や夏踊り、大河内珠算教室が主催する暗算王決定戦と行われてゆきます。丁度、今年の暗算王が決まる頃、日が暮れて夏祭り・夜祭りの雰囲気になってきます。
奉納舞台では山口采希ミニライブ、月下踊姫のベリーダンスが行われ、今年の茅輪祭の全ての予定が終了しました。

 

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茅輪祭 宵宮(7月30日)

今年も7月30~31日に茅輪祭を執り行いました。

茅輪祭(ちのわまつり)は茅(ちがや)で作った茅輪をくぐるお祭りで、夏越の祓いとも呼ばれる神事です。
人形(ひとがた)に自己の罪穢れを移すことで、その罪穢れが祓われるとする「大祓い」の行事が、律令の時代から年に2回行われていますが、特に夏の大祓いでは茅輪をくぐり夏の暑さを乗り切るという信仰があります。茅は大変に生命力のある草なので、その草にあやかろうということなのかもしれません。
最近は、随分と多くの神社で茅輪くぐりを行うようになっていますが、伊太祁曽神社の茅輪祭は「茅輪くぐり」ではなく「わくぐり」と昔から呼ばれており、この周辺ではおそらく一番古いのではないでしょうか。地元では「茅輪祭」や「茅輪くぐり」よりも「わくぐり」の方が通りが良いです。



さて、そんな「わくぐり」ですが7月30日が宵宮。午後6時に大茅輪の注連縄を切り参拝者がくぐって行けるようにする「くぐり初め神事」が斎行されました。
宮司が参列者の罪穢れを祓う「大祓詞」を奏上し、その後注連縄を切り開きます。
神社の氏子総代や篤志崇敬者などが特別参列者として宮司以下祭員に引き続いて茅輪をくぐります。これらの方々が3度輪をくぐった後に続いて、一般参列者は順次輪をくぐって行きます。
今年は奉納カラオケ舞台のゲスト歌手、嶋三喜夫さん、宮本静さんも特別参列者として参加されました。また、一般参列者の中でも浴衣姿でお参りの方には最前列に並んでいただきました。


午後7時から、奉納舞台ではカラオケ大会が開催されました。
今年は35回目ということで、第1回からずっと運営に御奉仕頂いているお三方に記念品の贈呈が行われました。


また、ゲスト歌手を今年は2名(嶋三喜夫さん、宮本静さん)お招きして、ミニコンサートを開催して頂きました。
最後は、紀洲よさこい踊り「紀道」の演舞があり、宵宮祭を執り納めました。

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茅輪祭(わくぐりまつり)

今年も茅輪祭を、7月30~31日の日程で斎行いたします。
30日午後6時より「くぐり初め神事」を執り行い、ここから茅輪祭(通称:わくぐり)が始まります。
茅輪祭では人形(ひとがた)に自身の罪穢れを移して、大茅輪をくぐることで祓いがされるという「夏越の祓い(なごしのはらい)」の行事です。多くの神社では6月30日に行われますが、伊太祁曽神社では旧暦で行われており、現在はその日に近い7月30~31日の2日間斎行しています。

30日午後6時の「くぐり初め神事」では宮司が大茅輪に附された注連縄を切り、氏子総代等と一緒に潜り祓いを行います。一般の参拝者はこの神事の後、順次自由に大茅輪を潜ってお祓いをします。
31日午前11時には「本殿祭」が行われ、氏子崇敬者が安寧に生活することを祈願します。
そして午後3時から「打ち水大作戦!in紀州」を行います。地球温暖化防止啓発の打ち水を皆で行う行事です。
どちらの神事・行事にも浴衣で参列・参加いただけるように、今年は浴衣の着付けを実施します。神社で着付けを行わなくても浴衣で参列・参加いただける方、大歓迎です。

また、両日とも夕刻には奉納舞台で各種行事が行われます。奉納舞台の詳しい時間割は改めてご案内させていただきます。

和歌山市の夏の風物詩の1つ、わくぐり に是非、お参りください。

【浴衣の着付け】予約優先1人500円
 7月30日 16:00~18:00(くぐり初め神事に前列で参列できます)
   31日 13:00~15:00(打ち水大作戦!に前列で参加できます)
       16:30~19:00

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七夕飾り

今年も七夕飾りを拝殿前に出しています。 願い事を書く短冊は賽銭箱の横にありますので、お参りの際に願い事を記して吊るしてください。

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お札に巻かれている薄い紙


お札には薄い紙が巻かれていますが、みなさんどうされていますか?

神棚(宮形)に納めてお祀りするお札(おふだ)の話です。
お札(おふだ)であり、お札(おさつ)ではありません。

10月に伊勢の神宮で大麻頒布始祭が斎行され、各都道府県や、神社庁の支部、各神社などそれぞれで順次頒布始祭が執り行われ、そろそろ氏子崇敬者の各家庭には神宮大麻(お伊勢さんのお札)が届く頃ではないでしょうか。神宮大麻にあわせて氏神様のお札も頒布されるところも多いと思います。

お札には、木製や紙製、形も剣先や角など様々ですが、神宮大麻は紙の角札ですね。
そしてお札に記されている文字が読めるような薄い紙が巻かれています。
各神社のお札でも紙札の場合、同様になっているものがありますね。
(写真右側がそれぞれ薄い紙の巻かれているもの、左側が取ったもの)

この薄い紙、もともとは包装紙の役割として巻かれたものだそうです。
ですから本来は頂いてきて、神棚に納める際に取るもののようですが、御神名や神社名がそのまま見えるのは恐れ多いと、この紙を巻いたままお祀りされる方も多いようです。
それだけ神様に畏敬の念を抱くことは決して悪いとは思いませんので、その祀り方を否定はしません。ただ、時々この薄い紙をどうしたらよいのか聞かれることがあるので、その由来についてのみ記しておきます。

年末には自宅や会社の神棚のお札を新しくされる方も多いと思います。参考にしてください。

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神幸祭(神輿渡御)

10月19日に神幸祭を執り行いました。
神社の例祭は毎年10月15日と決まっており、かつてはこの日に神輿渡御も行われていましたが、現在は10月15日の例祭と、その後の日曜日の神幸祭という風に、祭典を2つに分けて行っています。神幸祭では神輿渡御が行われるのです。

神幸祭は午前11時から斎行され、責任役員及び氏子総代、そして各所役の方々が参列します。
その後、正午に発輿式が行われ渡御行列出発のお祓いが執り行われます。
神輿の担ぎ手や稚児行列の参加者はこの時刻に集まってきます。
伊太祁曽神社には3基の神輿と2基の子供みこし、そして1台の華車がありますので行列の人数は100名を超す規模になります。
神社の北方3kmのところに奥宮があり、そこまで神輿が行って帰ってきます。
今年も天候に恵まれ、盛大に神幸祭を執り行うことができました。

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祭典案内

12月1日 月次祭

12月10日 冬季祭

12月12日 氣神祭・氣神講講社祭

12月15日 月次祭(奥宮)

12月23日 天長祭

12月31日 大祓

12月31日 除夜祭


1月1日 歳旦祭

1月3日 元始祭

1月15日 卯杖祭

行事等案内

平成30年度 のぼり
奉納募集中

12月20日
境内清掃作業
朝8:30に朝拝を行い
お掃除を行います。
ご都合の許す範囲でご参加下さい。
途中からの参加も大歓迎です。

12月9日
山下伶奉納演奏
クロマチックハーモニカ奏者の山下伶による奉納演奏が
12月9日14:00から拝殿前で行われます。

12月7,14,21日
真愛整体ヨガ教室
10:30より毎週木曜日(第5木曜日はお休み)に常盤殿で行っています。
回数券制なのでお気軽に
ご参加いただけると思います。

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